カテゴリ:遠くへ☆☆☆( 39 )
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X100がお供です

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明日から出かけます。

今回は、スナップを中心に撮ってみたいと思います。

今までは、この写真のようにiPhoneで撮っていましたが、

今回はX100がいい仕事をしてくれそうです。

ではでは(*^^)v














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by photo_ehime | 2014-08-03 17:59 | 遠くへ☆☆☆
今日からおでかけ。
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荷物は少なめにしました。

IPhoneにて
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by photo_ehime | 2011-08-02 08:13 | 遠くへ☆☆☆
羽田新国際ターミナルOPEN


羽田から、直に海外へ。
いいですねぇ。
田舎に住んでいると、一番憂鬱なのは国内移動。
関空が使えるときは良かったが、
今年になって、松山関空便が廃止。
大阪から出るのだと、伊丹と関空の間バス移動。
成田と一緒ということで、この夏成田経由で行ったが、国内移動だけで疲れました。

羽田発の便はまだまだ少ないけど、
とりあえずは大歓迎です。




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写真は瀬戸大橋。岡山上空からです。

どっか行きたいなぁ。
ね、そう思うでしょ、みなさん。
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by photo_ehime | 2010-10-21 18:08 | 遠くへ☆☆☆
futen

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by photo_ehime | 2010-03-26 07:14 | 遠くへ☆☆☆
Tokyo

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by photo_ehime | 2010-03-13 07:05 | 遠くへ☆☆☆
sweet


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by photo_ehime | 2010-03-07 21:20 | 遠くへ☆☆☆
メリークリスマス(*^^)v

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我が家の玄関飾りより・・



嘘です。見栄張りましたm(__)m
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by photo_ehime | 2009-12-24 08:29 | 遠くへ☆☆☆
メキシコ物語 Ⅶ


 オアハカの空港に着くと、がらんと人気が少ない。あと、1時間余りでメキシコシティ
ー行きの飛行機が出るというのに、人はパラパラ見掛けるくらいである。チェックイン
のカウンターも開いていない。煙草が切れたので買おうと思ってポケットを手を突っ込
むと小銭しかない。メキシコで小銭というと数十円くらいの価値しかないので、物を買
うときは紙幣が必要である。銀行は閉まっているし、煙草を売っている店でUSドルを
見せても、それではだめだと言う。仕方ないので取って置きのテクニックを使うことに
する。あまり使いたくない方法であるが、ヨーロッパ旅行中に覚えたテクニックである。
その時は偶然であったのだが。


 数軒ある店でおばさんが店番をしているのをまず捜す。そして、おばさんが後ろを向
いたときに、おじょうさんと声をかけるのである。振り返る姿はおばさんの上機嫌の顔
となるわけである。それに追い討ちをかけて、困ったような顔をするのが、もう一つ必
要である。間違えたという事を相手に分からせないといけないからである。よっぽどの
事でないかぎり、その後の頼み事は聞いてくれる。今ではお嬢さんという単語は僕が、
その国に行ったらまず覚える言葉となっている。


 その後のドルからペソへの交換は公定レートと同じもしくはよいもので換えてくれた
次第である。


 無事、煙草を買った後で、昨日約束していたカップルがやって来た。どうせ時間通り
に出るわけないから、コーヒーでも飲もうと喫茶店に入る。彼女が僕たちのチケットを
チェックインしている間に、彼から彼女に聞かれてはまずい事を聞く。それは、彼女の
妹は絶世の美人で彼女より妹の方がいいということである。そして嬉しいことに妹は日
本の大ファンであるという。完全に期待してしまった。大学生というから、若いし、・・・。


 チェックインする時に、僕の荷物の少なさに呆れられてしまった。小さなショルダー
一つだったからである。このショルダーだってここオアハカで買ったものだというとま
すます呆れられた。荷物はメキシコシティーのホテルに預けてあると言ったのだが、ま
ぁ、感心された。治安の悪さを知っているからであろう。


 飛行機は約1時間遅れで出発する。飛行機に乗っている間、中はがらがらだったので
席を移動する。それは2人がいちゃつき始めたからである。人の目を気にしないのは、
フランス並みである。                             


 2000万都市の夜景が見えてきて、無事到着。バゲージクレームを抜けると、彼女
の両親、おばさんが熱烈歓迎である。当然、私にではなく、国際結婚でスイスに行って
いた彼女をである。そこで、彼らに紹介され、家に車で向かう。住所を聞くと、街のど
真ん中である。日本で言えば、新宿の伊勢丹付近である。すごい所に住んでいるなぁ、
と期待していたが、到着した所は人通りが少ない所であった。車は道路に駐車してもい
いらしくが、いつも自分が止めている場所に別の車が止まっていると憤慨している。


 そして、案内された家がビルの最上階であった。エレベーターはついてなく、階段の
感触からして、5階だったような記憶がある。しかし、こんな所でもパティオがあった
のには感心する。トイレに行った時、窓から見えた。居間に案内されて、もう一度自己
紹介する。旦那が通訳である。職業を言った時は?てな顔をしていたが。日本のレコー
ドを持ってくる。見てびっくり。琴、尺八などのたぐいである。う~ん、ここではまだ
日本はこの程度の理解かと考える。しかし、ステレオ(日本では旧式のセパレートの物
)でそれをかけてくれるが、マリアリッチの方がいいと言うと、家族が集まって、これ
がいい、いやこっちの方がいいと議論が始まって、結局父親の意見が通り、それになる。
その父親はまだ封の切っていないレキーラと塩、そして、バッタの空揚げを持ってき
て乾杯しようと言う。コップは2ccくらいの小さなワイングラスである。原液のまま
注いで、一気に飲む。飲みっぷりが良かったのか父親は上機嫌で、次々注いでくれる。
塩をまず口の中に入れて、それから飲む方法を教えてくれる。こうすると美味いという。
ソルティドッグの出所を知ったようである。バッタの空揚げも、この酒に合う。量は
食べれないが。スイス人の旦那は僕が平気で食べているのを感心して見ている。よく、
食べれるなぁ、私は駄目だと言う。


 結構、酔ったところで食堂に呼ばれる。メニューはチレソースで煮込んだ肉、日本で
もよく見掛ける黒豆の砂糖煮、トルティージャの焼いたものと、油で揚げたもの、オレ
ンジジュースである。あの辛さ、あの甘さ、僕はこれから少々の味の極端なものでも食
べれると自信をつけてしまった。飛行機の中でも簡単な食事が出ていたので、あんまり
食べれなかった。お替わりをしろとみんなが勧めてくれるけれど、お腹の中はいろいな
物が喧嘩している状態でもう食べれない。しかし、こうすればもっと食べれると、トル
ティージャに挟んで食べる方法など教えてくれるので、もうすこしだけ食べる。旦那が
助け船をだしてくれて、食事は終わりとなる。しかし、噂の妹がいない。尋ねると、ま
だ大学に残って研究していて、これから、迎えにいくつもりであると言う。みんなに漢
字の授業をしばらくして、お暇することにした。家族総出で家の外まで送ってくれる。
タクシーを止めて、値段を値切ってもくれた。


 タクシーの乗った後、街灯だけがついている町並みを見ながら考えたことは、幸せと
はなんだろう?ということだった。今日は、*月*日、僕の誕生日。いい思い出が出来
た。いい思い出を持っている事が、それに近いのではと思った。ホテルの人も、まるで
自分の家に戻ったように迎えてくれた。オアハカはよかったか?とか困ったことはなか
ったか?と尋ねてくれる。フロントの人はオアハカの出身である。オアハカとはメキシ
コのインディオの故郷でもあった。その夜も、ホテルのカフェでソルティドッグを飲み
ながら楽しい思い出にひたる事ができた。



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写真のネタ切れのため、場つなぎと思って始めた物語シリーズ。

写真も手に入ったことだし、そろそろお仕舞に。

インドの写真もモノクロにして楽しめたし・・

若い時の自分にも会えたし・・

結構楽しめたシリーズでした。
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by photo_ehime | 2009-11-01 04:21 | 遠くへ☆☆☆
メキシコ物語 Ⅵ

夜中に目が覚める。アメリカの馬鹿学生どもが酒を飲んで、ホテルの前の広場で騒いで
いる。怒鳴ってやろうと、窓を開けると、他の客も目を覚ましたらしく先に怒鳴られて
しまった。しかし、僕が先でなくてよかったと思う。なにしろ、悪口のボキャブァリー
が少ないから、すぐ話が終わってしまう。怒鳴った客もアメリカ人らしく、かなり長く
怒鳴っていた。その後はまた静かになる。                    


 今日もいい天気である。朝が気持ちいい。緑を見ながら朝食と洒落こむことにする。
ソカロに面しているホテルだから、近くにカフェテラスは不自由しない。僕が最初の客
である。ソカロの緑を見ながら、コンチネンタルスタイルの朝食である。ヨーロッパか
らの観光客が多いせいであろう、ちゃんとコンチネンタルとメニューにある。しばらく
すると客もぱらぱら増えてくる。それを目当てに新聞売りがやってくる。楽器を演奏す
る少年も準備を始めている。ここのソカロにも楽器の演奏をして、チップを貰って生活
をしている人が結構いる。昨日は、素晴らしいギターの演奏家に出会った。かなり待っ
て食事が届く。別にイライラしなくなっている自分に気がつく。生活のリズムがこの国
に合ってきたのであろう。ふらふらっと老人がやって来て、テーブルの上のパンをくれ
と言う。いいよって言うと当たり前のような顔をしてもって行く。楽器弾きの少年も音
合わせが終わったようでバイオリンとギターの演奏を始める。こりゃひどい。音楽とい
うものではない。まだ、習い始めたばかりであろう。しばらく笑いを堪えて聞く。まあ
、のんびりした光景である。朝のさわやかさがさらに気持ちがよい。老人は早起きと言
われるが、人間を長くやっていると、自然に朝のさわやかさのありがたみが体で分かる
のであろう。


 部屋に戻り、荷物を整理し、チェックアウトする。荷物はフロントに預け、昨日の旅
行社の前で集合を待つ。時間になるとガイドがやって来て、ツァーの客を集めバスに案
内する。客の話声を聞くと、英語、スペイン語、フランス語までは聞きとれた。少なく
とも、4カ国の混成ツァーである。雰囲気から見るにメキシコ人はいないようである。
いたとしても2、3人のようであろう。


 バスは町中を出て、山を登り始める。急な坂道である。ガードレールがないので、ひ
やひやものである。30分もしないうちにモンテ・アルバン遺跡に着く。本には丘の上
とあるが、結構高い山の上である。ガイドの連れられて1時間ほどの説明があり、その
後は自由行動となった。しかし、説明と言うより授業という感じである。客とガイドが
論争を始め、さらに別の客がそれに加わる。ガイドも大変であろう。客のほとんどが考
古学に興味を持っており、専門家もいるようである。かなり突っ込んだ話のようである。


 ここはまだ完全に発掘調査が終わっていない。ひょっとすると、金銀財宝がまだまだ
出てくる可能性があるので、ついつい発掘中のところで足が止まってしまう。それにし
ても暑い。乾期なので空気も乾燥していて喉が乾く。数本ある木の下に逃げ込んでいる
人も多い。午前中に来て良かったと思う。午後の暑さでは見学どころでないであろう。
ピラミッドの上に登ると、360度のパノラマである。オアハカの盆地が全て見える。
色は赤茶である。風が気持ちいい。


 バスを降りた所に休憩所があったのを思いだし、喉の渇きを癒しにそこに戻る。コー
ラを頼んでお金を払うと、おつりがないと言う。2、3度要求したけれど、おつりをよ
こす気配がない。他の人の様子を見ると、やっぱりおつりを貰っている気配がない。ま
ぁ、どうせ2,30円と思い、あきらめてテーブルで飲む。ここの建物は最近できたよ
うである。ここ以外に建物はない。もし、日本にこれだけの遺跡があれば、門前町がで
きるであろう。まだまだ観光化されていないようである。メキシコは国家事業として観
光に力を入れ始めたと聞く。このような遺跡が各地に散らばっているのだから、きっと
成功するであろう。


 建物の外に出ると、インディオのおばさん達が土産物を道に広げて売っている。値段
を聞くとべらぼうに安い。休憩所の中にあった土産物店も安かった。日本で売ったとし
たら10倍の値段をつけてもすぐに売り切れるであろう。買いたいのをじっと我慢する。
黒陶のパイプだけを100円で買う。ジュースをビニール袋に入れて売っている。美
味しそうだが、まだ下痢をしたくないのでこれも我慢する。


 結局ここに2時間ほど滞在してオアハカの町に戻る。


 ソカロにある緑がオアシスのように感じた。ビールを飲みながら昼食でもと、手近な
レストランに入りテーブルに座ると隣に日本人らしい青年がビールを飲んでいる。色が
かなり黒いので、こんにちはと日本語で言うと日本語が戻ってきた。相席になって話相
手になってもらう。この一年南米を旅行していろいろ中米を見ながら日本に帰る途中と
いう。南米の話をいろいろ聞くことにする。彼の話の中で特におもしろかったのは、女、
泥棒、けんかの話である。

まず女の話をすると

 よく南米では若い女性と知り合いになるのである。しばらく付き合うと当然二人になれ
る所に行こうと相手から誘いがかかる。この時の決断が楽しいと言う。先に地獄がある
か、天国があるかの運命の別れ目であるからである。地獄とは、行った場所には頑強な
男たちが待っている。天国はみなさんが想像した事である。いろいろ悩んでエイと決断
すると言う。

泥棒の話では

 とにかく治安が悪い。あの手この手で盗みを働く。夜などブラジルでは歩けないと言う。
あるホテルに滞在している時の話である。そのホテルは本館と別館とに分かれていて
100Mほど離れているという。夜遅くまで、本館で友達と酒を飲んでいて自分の部屋
がある別館に帰るときに二人組の強盗に襲われ、パンツ一つにされてしまった。翌日は
あぶないから4人で本館から別館に移ろうとすると、今度は6人組に襲われ、二日連続
で裸にされてしまったという。強盗に襲われたらとにかく手向かってはいけないという。
命まではとらないから。現実に手向かって殺された人間も知っているという。

けんかの話では

 バーで飲んでいると日本人が珍しいものだから、話かけてくる男が多い。一人の男と話
していると、また別の男が話しかけてくる。すると、初めに話していた男が、この日本
人は俺と話しているのだから、どこかに行けと言う。そうすると二人の間にけんかが始
まるわけである。どちらかがグロッキーになるまでの徹底したけんかだそうである。仲
裁しようとしても、そうなった時はもう遅いという。

その他、行って面白かった場所とか、交通面などいろいろ次は南米行きを計画している
私にとって貴重な話をしてもらった。

 突然、彼がオッと声をあげた。僕の横にはもう一人日本人が立っていた。ふたりは以
前会った事あるようだ。ふたりの話しを聞いていると、ブラジルで知り合ったそうであ
る。それから、ずっと会っていなくてまたこのオアハカで会ったのである。二人ともこ
の偶然を非常に喜んでいる。その後3人で改めて乾杯をしてまた話を始める。この二人
に共通しているのは、小柄で痩せていて、話し方がのんびりしているという点である。
ゆっくり話すものだからなかなか話が前を向いて進まないのである。そういえばお互い
職業も名前も聞いていなかったなあという事に気がつき、自己紹介をする。なんとこの
二人の間でもされてなかったのである。先に会った人はデザイナーで一年の間南米を回
り、民族衣装を見て日本での服のデザインするときに参考にするそうである。あとから
の人は大学生で、日本を出て、トルコから始まり中東から東南アジアを通り、オースト
ラリアから南米に渡ったという。目的は女という。そろそろ金がなくなったから、日本
に金を稼ぎに戻ろうかなと考えているという。この大学生からは女の話しをたっぷり聞
いた。確かに性格がさっぱりしているからさぞかし女にもてたろうと思う。女の話しの
時に、大学生がデザイナーの人にあの女どうなった?と尋ねる。ふたりの話しから想像
するにデザイナーさんはチリで女に惚れられ、あなたの子供が欲しいと言われ、作って
しまったそうである。アレアレこうなると僕の価値感ではついていけない。まあ、とに
かく楽しい二人である。ふたりの会話を聞いていると???となることが多い。たとえ
ば、こうである。

 大学生   今日、ドルからペソに両替したよ
 
 デザイナー すごい。ちゃんと生活している。
 
 大学生   ははは
 
 デザイナー よし、僕は今日シャンプー買おう

 大学生   そうそう、一日ひとつは何かしないとね

もう一つ
 デザイナー ホテルどんな所に泊まっている?

 大学生   7000ペソで、きたない所
 
デザイナー ほう、安い。僕は8000ペソもする。どこ?そのホテル。      

  注)1円=20ペソ
 
 3時間くらい同じレストランで話していたようである。もう飛行機の出発時間がせまっ
ている。その事を伝えるとリッチだなぁと言われる。さぁ、どっちがリッチか?悩むと
ころである。

 ホテルに帰り、荷物を受け取って、空港にタクシーで急ぐ。タクシーの中で彼ら二人
のことを思った。彼らはもう日本で生活できないであろうと。  



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二十年以上前の日記から

写真はインドのものです

      
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by photo_ehime | 2009-10-31 20:23 | 遠くへ☆☆☆
メキシコ物語 Ⅴ

 眠りから覚める。かれこれ1時間ほど眠っていたようである。窓の外を見ると、子供た
ちが楽しそうにはしゃいでいる。その横には母親であろうか編み物をしている。気持ち
のいい昼下がりである。昼食をとった時は気がつかなかったが、いろいろな店が出てい
る。観光客相手であろうかインディオの親子が店を開いている。          


 町を歩くことにする。ここは民芸品の宝庫と聞いている。メルカードと呼ばれる市場
に一歩足を踏み入れると、雑踏と喧騒の世界であった。町に動きがゆっくりしているだ
けに、一種独特の雰囲気がある。体育館のような建物で窓がなく、品物も天井近くまで
積みあげて、人がすれちがうのも辛いぐらいの道しかとっていないので、暗くでごみご
みしている。生活に必要なすべてがそろっている。その中のものに結構土産物になるも
のが多い。たとえば、テーブルクロスなどは100円位でいいものにめぐりあえる。同
僚の土産にと10枚買うと、店のおばさんはなぜこんなに買うのか不思議そうにしてい
た。まさか100円のテーブルクロスとは思わないであろう。大きな刺繍もされている
から少なくとも1000円位には見える。


 食堂だけが集まっている部分もある。食堂といっても屋台と言った方がよいカウンタ
ーだけのものである。同じようなものを売っているのだが、それなりに個性があるらし
く、流行っている店とそうでないものがある。肉料理が主である。いろいろな臭いが混
じっているが、やはり主食のとうもろこしの臭いが強い。別に腹は減っていなかったが、
適当な店に腰をかけ、これまた適当に注文すると、大きな皿に鳥肉が出てきた。スー
プの中に鳥の足が1本浮かんでいる。そして、トルティージャと呼ばれるとうもろこし
の粉を薄く円板状に焼いたものが3枚出てくる。ビールも頼んでいたので、その横にそ
れが並ぶ。メキシコではビールにはコップが出て来ない時が多い。おかげでビールのラ
ッパ飲みの美味しさを知った。まず、一口ビールを飲んで、スプーンで鳥の足に挑む。
なかなか食べにくいが、他に食器がないし、スープの中に手を突っ込んで、手で食べる
というわけにはいかないのである。肉にはあまり味が付いていないので、スープを口の
中に流しこみながら食べる。味は薄いカレー味にタバスコを振り掛けた感じである。ち
と、選択ミスかなと思いながら、ビールを追加して残さず食べた。ただし、トルティー
ジャは残ってしまった。タコスにも、このトルティージャが台になっているので食べた
ことある人も多いと思う。僕はどうもあの臭いに弱い。


 完全に満腹になったので、腹ごなしに散歩をする。道に面している壁はおせいじにも
綺麗と言えない家ばかりであるが、家の中をのぞくと、中庭はどの家も花で飾りつけて
いる。中庭を大事にするスペイン文化の影響であろう。それにしても、もうすこし外に
金を掛けたらいいのにと思う。散歩していても、同じ色の壁だけがずっと続くだけだか
ら、退屈する。港町の倉庫街を歩いているようである。


 旅行社を見つけたので入ってみる。明日予定しているモンテアルバン遺跡に行くバス
を尋ねるためである。そこにいた女の人は英語が分かる。メキシコに来て英語のありが
たみを痛感している。英語を聞くとほっとするのである。英語の苦手な私なのですが。
話を聞くとどうもツアーを使わないと行けないようである。どうせだから、明日8時発
のものに予約を入れておく。ついでに、インディオの民族ダンスを見せてくれる場所も
尋ねる。この町に来たもう一つの目的である。遺跡の石にも描かれている古来からの踊
りにも関係しているものである。本来、7月に行われるオアハカ州各地から民族衣装で
集まった人々によって踊られるものであるが、観光客相手に毎日どこかでやっていると
ガイドブックにはある。聞いてみると、僕が泊まったそぐ近くのホテルであると言う。
予約はそこで直にしてくれとの事であるので、帰りに予約もしておいた。


 ダンスショーが始まるまでしばらく時間があるので、ソカロで時間を潰す。とにかく、
1時間ボケーとしていたのである。しかし、その間数十回声を掛けられたが。面白い
もので暇そうな人間には声をかけやすいのであろうか。ほとんどが物売りのたぐいであ
るが、なかには、アメリカの若い女性もいた。みんなここにいる人達は暇なんだなぁと
感じる。いや、暇を楽しんでいるようにも感じるが。ほとんどの大人はソカロの中央で
演奏しているオーケストラに耳を傾けながら、ぼーとしている。元気に動き回ってるの
は子供たちだけである。


 まだ開演まで時間があるが、いい席を取りたいので例のホテルに行く。半数ぐらいの
席がもう埋まっていたが、予約していたお蔭でいい席を取っておいてくれた。テーブル
に案内されると、若いカップルと相席である。今晩はと挨拶をして座ると、どこから来
たか?と尋ねられる。メキシコに来て感じることだが、僕を日系アメリカ人と間違える
ようである。日本からと答えると必ずびっくりされる。この時もそうであった。しばら
くして僕の知っているスペイン語が出尽くしたので、困っていると男の方が英語でいい
よと言う。女の方は英語はだめなようである。英語は彼にとって第二外国語なので僕と
いい勝負である。急に、リラックスして話せるようになる。なぜ、メキシコに来たのか?
とか、どこに行ったか?どこに行くつもりか?といろいろ尋ねてくる。遺跡めぐりを
していると話すとますます僕に興味を持ったらしく、メキシコ以外に行った所を聞いて
くる。ヨーロッパの話などして、イタリアの話になり、イタリアのどこが良かったか?
という所まで突っ込んでくる。フイレンツェやベニスの事をしばらく話すと非常に機嫌
がよい。そして、アメリカには行ったか?と聞くので、歴史のない国には興味がないと
答えた。

 これが、最高のキーワードになったようである。今まで自分のことを話さなか
った彼が急にいろいろと話し出したのである。内容は簡単に言うとこんな様子であった。


 彼の父親はドイツ人で母親はイタリア人である。今はスイスのチューリッヒに住んで
いる。以前、メキシコに旅行したときにカンクンのユースホステルで今横にいる彼女と
知り合って結婚した。今回の旅行はバケーションを兼ねての里帰りである。明日はいよ
いよメキシコシティーにいる彼女の家族と再会できるので楽しみである。日本の音楽に
は興味がある。レコードも何枚か持っている。

そして、名刺を渡された。そこにはミュージシャンと書かれていた。


 ここまで話したところでショーが始まった。ヨーロッパのフォークダンスと衣装は華
やかなのは似ているが、ここの踊りの方が動きが早い。また感情的でもある。恋愛、求
婚を題材にしたものが多く、踊りのなかに物語があり、見ていてその筋がよく分かる。
10グループぐらい入れ代わり登場した。男が女を追っ掛けるところなどは、お互い真
剣に逃げ、そして追い掛け、まるで本当のカップルが出来るのではないかと錯覚したぐ
らいである。女の顔が真っ赤に恥じらう姿は今でも印象的である。この踊りを見れただ
けでもメキシコに来た価値がある。素晴らしいあっという間の2時間であった。この時
ほどビデオを持ってきていたらなぁと思ったことはない。             


 おどりの感想を言い会っている間に話はさらに発展し、明日の夜メキシコシティーの彼
女の実家に招待するということまでになった。明日がぼくの**回目の誕生日というこ
とを知ったからである。明日のお互いの飛行機の便を確認しあい、その夜は別れた。今
日の酒代も彼がもってくれた。断ると彼女はブルジュワだからと言われたので、ありが
たく御馳走になった。ますます不思議なカップルに思えた。


 ショーのあったホテルを出ても自分のホテルの部屋に帰ろうという気分になれない。
あまりにも興奮してしまって、この気分をいつまでも味わいたいと思い、近くにあった
バーに入る。大好きなカンパリソーダを何杯もおかわりして、今日の踊りの世界で遊ん
だ。




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二十年以上前の日記より
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by photo_ehime | 2009-10-31 07:15 | 遠くへ☆☆☆